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「幻の五新鉄道」

初めて私がその魅力に魅せられたのは、10代になりたてほやほやの時でした。

それ以来何度か訪れていましたが、2014年9月いっぱいで廃止が決定。
もっと行っておけば良かったという悔しさを紛らわすべく、残された日のなかで通いに通いました。

本日はその模様をお伝えしたいと思います。

まず、五新鉄道とは何か?

県外の方はよく知らないという方も多いと思われます。

五新線とも言われるそれは、かつて奈良県五條市の西日本旅客鉄道(JR西日本)和歌山線の五条駅と、和歌山県新宮市の紀勢本線新宮駅を結ぶ計画だった日本国有鉄道の鉄道未成線。

1937年に五條側より着工。しかし戦争で工事は中断、しばらくそのままに。
1956年に工事が再開。
1959年に五條から城戸までの一部区間の路盤が完成。

しかし、今度は採算上の理由によりレールを引くことなく工事は中断。

地元の方によれば一度は途中までレールを引いたとも聞きましたが、
工事用軌道の可能性もあり、詳細は不明です。

最終的にこの「五條」から「城戸」までの一部区間をバス専用道として利用することで決着。今日までの姿になりました。

▼街中に残る、五條駅から専用道化された区間までの高架橋。
0001_20140930192016110.jpg

その後国鉄バス(西日本JRバス)により運行されてきましたが並行道路の整備などに伴い利用者は減少。
ついに2002年10月1日にJRバスは撤退。その後は地元自治体の委託を受け、奈良交通により運行されてきました。

▼奈良交通により運行される路線バス(左:衣笠バス停、右:専用道生子バス停)
0008.jpg 0002_2014093021234599d.jpg


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2014/09/30 21:32 廃線・旧線 TB(0) CM(0)
数日間更新が停滞し、申し訳ありませんでした。
さて本日はお待たせしておりました、「阪神電鉄 淀川駅付近旧線跡」を再訪した時の模様と、簡単な机上調査の結果をお伝えしたいと思います。


▼まずは淀川駅ホームより、新橋を。
512003.jpg
旧線はこの新橋のすぐ右隣を通っていました。

▼淀川駅のコンコースには旧橋の一部が保存されています。
515002.jpg
本当に一部だけなんですね…(笑)
図書館で古い写真を確認してみましたが、旧橋もトラス橋で当時から複線だったようです。

図書館に行ったついでにいろいろ調べてみました。
「阪神電気鉄道八十年史」によれば、旧橋が竣工したのは明治38年であり、部分的な補修を加えながらも半世紀の使用にも、戦後の輸送力向上にも対応し、構造上の強度は十分だったとのこと。

驚いたのは、架け替えの一番の原因が強度の低下や高架化では無かったということです。

一番の原因は、昭和初期から始まった大阪南部の地盤沈下だそうで。2度にわたり旧橋両岸橋台を述約90cmも打上して沈下に対処していたそうです。
旧橋の累積沈下量は最終的に最大2.32mに及んだとのこと。

▼旧線と現在線の位置関係。
515004.jpg

手前の青い橋の位置が旧線なんですが、現在線よりかなり低い位置を通っています。

旧線よりかなり高い位置にある堤防ですが、かなり早い段階で完成しており、なんとまだ新橋に切り替わる前の27年には堤防の打ち上げが完了していたとのこと。
その時取り残された軌道部分は「陸閘」を設けて対処していたそうです。

陸閘といえば現在でもよく見かえる鉄の扉が付いたものが一般的ですが、当時はそんなものはなく松の角材と土嚢を使用した「角落し」によって締め切っていました。強風と豪雨の中、人力でそれらを積み上げる大変な作業だったそうです。
昭和39年には鉄製でガソリンエンジンのものに変えられたそうですが、それでも水防・運転上のネックには違いは無く、先の地盤沈下も影響し架け替えることが決定されたそうです。

▼淀川駅付近旧線の位置より、対岸の姫島駅に向かって
515003.jpg

肝心な旧橋の撤去時期は昭和43年でした。(昭和42年12月には上下線とも新橋に切り替え完了)
高架化に関しては、昭和37年にすでに野田駅周辺の高架化が完了していたそうで、その高架と連続させる形で高架化されたそうです。

てっきり野田駅周辺と同時期に高架化されたものだと思っていたので驚きました。
戦後まずはじめに高架化されたのが野田駅周辺だったとのこと。

なかなか奥が深いですね…近所のすごく身近な廃線跡ですがなかなか楽しむことができました。

みなさんも身近なところについて一度調べてみてはいかがでしょうか?思わぬ発見などがあるかもしれません。

それではまた♪

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2013/05/27 16:22 廃線・旧線 TB(0) CM(0)
さてさてこんにちは、今日は仕事も休みで、LOFTで買いたいものがあったので天王寺へ行ってまいりました。

そこでついでなんですが、タイトルの南海電気鉄道平野線廃線跡と、同じく南海電気鉄道の天王寺支線跡を歩いてまいりました。
その中でも本日は平野線跡の天王寺付近(併用軌道区間)を"軽~く"ご紹介したいと思います。

南海電気鉄道平野線は西成区の今池駅から平野区の平野駅まで阪神高速14号松原線にほぼ沿う形で結んでいた南海電気鉄道の軌道路線です。(この平野駅は今のJR平野駅や市営地下鉄の平野駅とは全く別の場所にありました)

まずは一番のハイライトとも思われるのがこちら。
nki001.jpg
>>Googleマップ
今池方面から平野方面に向かって撮っています。点在するトラス構造(?)の電柱が平野線の架線柱跡です。
現在は阪堺線まで送電するための送電線が通っています。

今池駅からわかれた平野線はカーブしながら飛田駅を通りこの道に入ります。ここからしばらくは併用軌道区間となります。
線路は写真の対面通行道路中央を複線で通っていました。今見てみるとそんな幅が無いように思えますが、当時の自動車の幅が狭かっただけでなく、その時は路肩はもちろん両サイドの歩道もありませんでしたので、しっかり道路二車線分と軌道複線分の幅は確保できていたわけです。

この先阪神高速14号松原線にほぼ沿う形で走ることになります。

高速道路わきにも点在している架線柱の一本です。
nki002.jpg
しっかりと南海の社紋付きですね。しかも一世代前にあたる二代目の社紋です。

nki005.jpg
こちらは現在その架線柱に通されてる電線のアップです。600Vの送電線のようです。こちらのプレートには阪堺電気軌道と書かれています。


おまけですが、平野線阿倍野駅手前の交差点の角にあった信号機の柱です。(平野線阿倍野駅は写真左奥にありました。)
nki003.jpg
>>Googleマップ
この柱も架線柱の一種でしょうか。
また、下部をコンクリートは補強の跡かもしれません。
どちらにせよこの道は信号機側のほうで道幅を拡幅する工事が行われている真っ最中ですので時期に消えてしまうかもしれませんね。


平野線が廃止されたのは昭和55年ということです。
この路線は決して閑散路線だったというわけではなく、廃止された原因は平野線にほぼ沿って大阪市営地下鉄谷町線の天王寺~八尾南間の路線が延伸開業したことによるそうです。
一度乗ってみたかったものですね。


最後に、移り変わる天王寺周辺を。
nki004.jpg
左手前に建て替えがまもなく完了する近鉄の「あべのハルカス」、右側には関西初出店の渋谷109などが入るキューズモールなどがある「あべのキューズタウン」が見えます。
中央の道路はまさに"拡幅寸前"です。
阪堺の路線も移動してしまうんでしょうか。きれいになるのはとってもいいことだとは思いますし、それはそれですごく楽しみなんですが、見なれた古い景色が失われるのは少し切ない気もします・・・

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2013/05/24 23:22 廃線・旧線 TB(0) CM(0)
本日は仕事が休みでしたので、久々に出かけてきました。
行き先はいろいろ迷いましたが、タイトルの通り箕面鋼索鉄道線跡を見に行きました。
520002.jpg
>>Googleマップ
目の前の「狩人食堂」さんの建物が駅舎?だったと思われます。ホームと路線はその裏手をはその裏手にあります。

まず、箕面鋼索鉄道線について。
かつて、箕面駅の少し先から山の上に建つ観光ホテルまで0.1kmというとても短い距離で運賃は無料(!)で運行されていたケーブルカーです。一見なんてことのないホテル関連の施設のようですが、地方鉄道法による正規の鉄道として運行されていたそうです。

520001.jpg
先ほどの写真の建物裏手の山下駅ホーム跡です。木が生い茂り見えにくくなっていますが、レールなどはそのまま残っています。
もう一つの山上駅は、ホテル横にプールが建設された影響により、見えなくなってしまっています。そもそも周辺の木がすごいのでちゃんと見えません。
私には"わるにゃん"の度胸はありません(笑)

520003.jpg
山下駅を下から。橋梁?になっているんですね。ところでこの道、もとは遊歩道か何かだったのでしょうか。現在は柵がされていてこれより先へ進めません。

さらにすぐ左手には…
520004.jpg

穴です。

しかもレンガ巻きでとっても重厚な感じ。ただ、高さが腰ぐらいまでしかないのでトンネルの類ではなさそうです。
防空壕か何かでしょうか。とっても古そうだということだけはなんとなくわかります。

現在は展望エレベーターに取って代わられています。廃止は1993年(平成5年)だそうで、比較的近年まで活躍していたんですね。ぜひ一度乗ってみたかったです。

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2013/05/20 18:38 廃線・旧線 TB(0) CM(0)
5月9日の出来事です。
急に出かけたい衝動に駆られて、自転車で地元を散策してみました。

普段あまり利用しない道を選びつつ淀川沿いに出て走っていると、こんなものを発見しました。

IMG_3230.jpg
>>Googleマップ
左手が梅田方面、右手が神戸方面ですが、手前の青い橋に違和感を感じました。(橋の下の川は埋め立てられているようです)
現在は歩道橋として使われているようですが・・・
IMG_32312.jpg
このように橋台がやけに幅があります。まるで隣を走る現在線のそれのように…
橋梁に関しても立派ですが、このぐらいだと稀にありますのでさほど違和感を感じませんでした。
調べてみるとどうやら本当に阪神電鉄本線の地上線時代の旧線跡だそうです。

左右の橋台をのぞいてみると・・・
IMG_3232.jpg
御覧のように橋台の左右には何かもっと別な用途に使用されていた痕跡がありました。奥のボルトは架線柱跡でしょうか?

さらに調べてみるともう少し梅田方面に向かったところにも・・・
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>>Googleマップ
ありました!橋台と築堤?の跡ですね。
さらに橋台の端には
IMG_3239.jpg
御覧のようにレールが突き出ていました。ただし位置的に端すぎるので、廃レールを使用した"高さ制限ゲート"など何か別の用途だったかと考えられます。

現在線は高架でそのまま淀川を渡っています。淀川の堤防も高く、現在線の高架ぎりぎりまで高さがあったように感じました。
しかし、当時は淀川の堤防も旧線の高さほどまでしかなく、この高さで淀川を渡っていたそうです。
今この高さだと水面ギリギリか、下手をすれば水につかってしまうぐらいの低さです。

現在の淀川駅コンコースには旧橋梁の一部が保存されているそうです。今度また見に行ってみたいと思います。


帰りがけさらなる偶然が!安治川口にEF66の新更新色がいました!
0002.jpg
定期運用はもうないとか噂を聞いてたんで嬉しかったです。
思わず入場券を買って駅構内から撮りました。

思いつきで出かけた割に思いがけない発見や出会いがあってなかなか充実した1日になりました。

2013/05/13 18:47 廃線・旧線 TB(0) CM(0)
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